
複雑機構の天才と称されるフランク ミュラー。同ブランドが展開する数多のタイムピースにおいて、圧倒的な実用性と他に類を見ない独創性から「トラベルウォッチの最高傑作」として愛され続けているのが『マスターバンカー』です。
メインダイアルに加え、上下に配置された2つのインダイアル(小窓)を活用し、世界3都市のタイムゾーンを同時に把握できるこの一本は、時計業界における非常に画期的な発明として知られています。
本記事では、フランク ミュラーの世界に魅了され、20年以上にわたり高級時計の販売に携わってきた筆者が、カタログスペックだけでは語れないマスターバンカーの誕生秘話や驚異の内部メカニズム、そしてオーナーのみぞ知る通な操作方法に至るまで、徹底的に解説します。
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目次
マスターバンカーは世界を飛び回る銀行家の切望から生まれた傑作
このモデルが誕生した背景には、フランク・ミュラーの知人であり、グローバルに活躍するある銀行家(バンカー)からの熱烈なオファーがありました。
金融市場の最前線で戦う彼は、「自分が現在いる場所の時刻(ローカルタイム)」に加え、「東京・ロンドン・ニューヨーク」という世界三大市場の時間をひと目で確認できる時計を強く求めていたのです。

1990年代当時、2カ国の時刻を表示するGMTモデルはすでに存在していましたが、3つのタイムゾーンを一つの文字盤に集約し、なおかつ容易に操作できる代物は皆無でした。この難題に対し、天才時計師は「愛好家が心から欲しがり、自分自身も挑戦したいテーマである」と奮起。およそ3年という開発期間を経て、この前代未聞の機構を世に送り出したのです。
ボタンを廃した美学:リューズひとつで完結するマスターバンカーの操作性

本機における最大のハイライトは、3カ所の時刻を「たった一つのリューズ」でそれぞれ独立して調整できる点に尽きます。
通常、多機能なトラベルウォッチには時刻変更用のプッシュボタンがケース側面に設けられます。しかしマスターバンカーは、特許取得済みの独自システムを採用することで無骨なボタンを完全に排除しました。
一般的な機械式時計と同じように、リューズの引き出し位置を変えるだけで、メインダイアルと2つのインダイアルすべてをコントロールできる、極めてエレガントな設計となっています。
【図解】マスターバンカーの時刻合わせ:操作方法
それでは、具体的な取り扱い手順をご説明しましょう。マスターバンカーは「基本位置」「1段引き」「2段引き」という3つのポジションで全ての操作を行います。
「基本位置」:ゼンマイの巻き上げ
リューズを押し込んだままの状態で右方向(時計回り)に回すと、メインのゼンマイが巻き上がります。
「1段引き」:インダイアル(小窓)の時刻調整
リューズを1段引き出した状態で、右に回すと12時位置、左に回すと6時位置のインダイアルを動かすことができます。
ここで特筆すべきは、「操作時にリューズを上(天)に向ける必要がある」という独自ルールです。一見すると手間に感じるかもしれませんが、この「重力を利用して歯車を噛み合わせる」というアナログな掟こそが、マスターバンカーを所有する醍醐味。天才時計師のアイデアを指先で感じながらゆっくりと時間を合わせる、大人の余裕(作法)としてお楽しみください。
「2段引き」:メインダイアル(ホームタイム)の時刻調整
リューズを2段引き出すと、中央のメイン時分針を調整できます。
【図解】マスターバンカーの日付早送り:操作方法
通常の時計では「1段引き」で行う日付のクイックチェンジですが、マスターバンカーではそのポジションをインダイアル操作に譲っているため、以下の手順で日付を送ります。
①リューズを2段引き出す

②針を進めて24時(深夜0時)を通過させ、日付を1日分進める

③そのまま針を回し続け、午前4時過ぎまで進める

④今度は針を逆回転させ、20時前まで戻す

⑤再び針を正回転させて24時を越えると、さらに日付が1日進む

※以降、この「20時と4時の往復」を繰り返すことで、効率よく日付を進めることが可能です。
重力を操る天才の証明。マスターバンカー独自のメカニズムとは
先述した「インダイアルの時刻調整は、リューズを上に向けて行う」という特有の作法ですが、これこそがフランク ミュラーの真骨頂です。ここではその秘密を紐解きます。

内部機構は、リューズからの動力を伝える歯車(A)を起点とし、(D)につながる輪列が12時側のインダイアル、(E)につながる輪列が6時側のインダイアルへとそれぞれ力を分配する構造になっています。
ここで鍵を握るのが、中間に位置する「遊動車(B・C)」と呼ばれる特殊な歯車です。

驚くべきことに、この遊動車は時計の傾き(重力)によってポジションが移動する仕組みになっています。

リューズがある3時側を上(天)に向けると、重力によって遊動車が下がり、インダイアル側(D・E)につながる歯車とカチリと連結します。これにより、はじめて時刻操作が可能になるのです。

逆に、リューズを下にした状態では、遊動車が離れてしまうため動力が伝わりません。
複雑なプッシュボタンを増設するのではなく、「重力で動く歯車」という極めてアナログかつロマン溢れる発想で操作を完結させた点に、機械式時計史上初となる大発明の価値があります。
マスターバンカーがエグゼクティブに選ばれ続ける理由
登場以来、世界の金融エグゼクティブやジェットセッターから熱烈な支持を集めるマスターバンカー。その理由は、単なる多機能時計にとどまらない「圧倒的なステータス性」と「知性を感じさせるデザイン」にあります。
複雑な機構を内包しながらも、見た目は極めてエレガント。スーツの袖口から覗くその洗練された姿は、ビジネスにおける信頼感と大人の遊び心を同時に演出してくれます。
多彩なコレクション展開
現在では、ブランドの代名詞である「トノウ カーベックス」をはじめ、「ロングアイランド」「ラウンド」「ヴァンガード」といった多彩なケース形状で展開されています。さらにクロノグラフ搭載モデルや、ムーンフェイズを備えた「マスターバンカー ルナ」など、バリエーションの豊かさも魅力の一つです。

ロングアイランド マスターバンカー

ヴァンガード マスターバンカー

マスターバンカー クロノグラフ

マスターバンカー ルナ

まとめ:複雑なことをシンプルに魅せる哲学
マスターバンカーの類まれなる魅力を要約すると、以下のようになります。
・単一の自動巻きムーブメントで、世界3都市の時刻を同時に表示
・ケースサイドのボタンを排除し、1つのリューズのみで全操作が完結
・重力を味方につけた、特許取得の遊動車システム
フランク・ミュラー本人が「私がデザイナーではなく、生粋の時計師であることを証明する作品」と語るほど、このマスターバンカーには並々ならぬ情熱が注がれています。「複雑な機構を、あえてシンプルに見せ、使いやすくする」という彼の哲学が、見事に結実した傑作と言えるでしょう。
※取り扱いに関するご注意
一部のモデルや製造年代(クロノグラフ搭載機など)によっては、操作方法や巻き上げ感が異なる場合がございます。詳しくはぜひ店頭のプロフェッショナルにお尋ねください。
複雑な機構でありながら、直感的でスマートに使いこなせるマスターバンカー。
国内トップクラスのラインナップを誇るフランク ミュラー サロン「一真堂」では、このマスターバンカーの奥深いメカニズムと、ブランドが提唱する「時の概念」を実際にお手元でご体感いただけます。ご来店を心よりお待ちしております。
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